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caramel 紅茶缶。

お菓子と日々の戯言と。

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2012 
March 28
人生の終幕。
それは何も悲しい事ではないんだなぁって。
その時間までに経験出来た一つ一つを思えば何を惜しむことも、
悲し事も何一つないのだとこの年になってハッキリと思えるようになってきた。
結局人生って、その人の魂の経験過程なのじゃないかしら、って。
産まれる時も身一つならば、
消えゆく時も何も物質的なモノは何処かへ持って行く事って出来ないのだし。
持って行けるのは、きっとこの人生で経験出来た記憶とその意識ってことだけなのかなって。
だから、例え私が一番の宝物だと思っているこの「手」がなくなったとしても、
がっかりはするだろうけれど失望はしないのだろうな、と思う。
だって、そこには私の意思は生きて存在しているのだから。
こんな考えをするようになったのも、大元を辿れば祖父の死がきっかけなのだろう。
意思がなくなる事はって、自分自身が何も感じる事がなくなる事だよね。
私自身ではなくなるってことなのかな。
そんなのヤだな・・・。
私は自分の自覚ある意思が途切れない限り、
生涯幸せなのだと断言出来る自信がある。
だからもし、利き腕がもげようとも、両腕がなくなろうとも、
私自身の意識がそこにあるのなら。
それは今の人生をまだ色んな経験で満たすことが出来ると言う事。
それって凄く幸せな事なんじゃないだろうかしら?
私がこの人生で一番手放し無くしたくないモノ。
それは「自我」だと感じる。
誰だってそうに決まっているじゃない、と言われるかもしれないけど・・・。
私らしくこの人生を生きたい。
それは14の私の決意で、17の私の行動力のお陰でこうして保たれていると言う事。
まだまだ人生は長くこれからだと思えるから。
この気持ちを持ったまま、人生最後の日まで歩いて行けたらなぁと思う。


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